大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

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ハンナ・アーレント語録(23)

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映画「ハンナ・アーレント」の主人公
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/keyword.html




イェルサレムアイヒマン』(みすず書房)から



<西ヨーロッパからの移送>


オランダ


「 ほとんどすべての国におけると同様にオランダからの移送も無国籍ユダヤ人からはじまったが、オランダの場合このユダヤ人はほとんどすべて、戦前のオランダ政府が<好ましくない>と公式に宣言したドイツからの避難民だった。ロンドンのオランダ亡命政府も戦争中あきらかにユダヤ系自国民の運命をあまり気にしていなかった。
十五万の全ユダヤ人口中に総計三万五千の外国系ユダヤ人がいた。ベルギーと異なってオランダは非軍人の行政下置かれたが、またフランスとも異なってこの国には自分の政府がなかった。内閣は王室とともにロンドンに逃れたからである。
この小国民は完全にドイツ人とSSに生殺与奪の権を握られていた。
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移送と移送に関するすべてのことは、以前ヴィーンとプラハアイヒマンの法律顧問をつとめ、アイヒマンの推薦によってSSに加入を認められた法律家エーリッヒ・ラヤコヴィッチが担当した。・・・・・

イェルサレム法廷の検察陣は、一つにはどんなことをしてでもアイヒマンを大物に仕立てたかったから、また一つには彼ら自身複雑きわまるドイツ官僚制度の迷宮のなかでまったくわけがわからなくなってしまったから、この役人たちはすべてアイヒマンの命令を実行したのだと主張した。しかし上級SS警察長官はもっぱらヒムラーから直接に命令を受けるのであり、またラヤコヴィッチがこの頃もなおアイヒマンから命令を受けていたということは、特に当時オランダではじまろうとしていたことを考えれば甚だしく真実性を欠いている。」



ヒムラーがオランダには自分の部下のSS警察長官を介して仕事を進めるほうをよしとした理由は単純である。この連中はオランダという国をすみずみまでよく知っていたし、オランダの住民のつきつける難題は決して簡単に解決できるものではなかったからである。
オランダは、ユダヤ人教授が免職されれば学生たちがストライキを始めたり、ドイツの強制収容所へのユダヤ人の最初の移送に答えてストライキの波が起ったりしたヨーロッパで唯一の国だったのだ。」




「オランダに広汎にひろがったユダヤ人弾圧措置に対する敵意と反ユダヤ人主義に対するオランダ国民の相対的な免疫性には、最後にはユダヤ人にとって致命的なものとなった二つの要因によって押さえつけられていた。
第一にオランダには非常に強力なナツィ運動があり、ユダヤ人の逮捕、彼らの隠れがの捜索などという警察措置はこれにゆだねることができたことである。
第二に、この土地のユダヤ人の社会には自分らと新来者とのあいだに一線を画する異常に強い傾向があったことだ。
この傾向はおそらくドイツからの避難民に対するオランダ政府の非常に敵意ある態度の生んだものであろうし、おそらくはまたオランダにおける反ユダヤ人主義がフランスにおけるとまったく同様に外国系ユダヤ人に集中的に注がれていたからでもあろう。
このことはナツィが彼らの息のかかったユダヤ人評議会を作ることを容易にした。そしてこの評議会はドイツ系やその他の外国系のユダヤ人しか移送の対象にならないと長いあいだ信じつづけたのである。またこのことは、ナツィがオランダの警察部隊のみならずユダヤ人警察力の助力をも受けることを可能にした。
その結果は西欧の他のいかなる国にも類のないような大災厄であった。これと比較できるのは、非常に異なった、しかも最初からまったく絶望的な条件のもとにおけるポーランドユダヤ人の消滅しかない。
けれどもポーランドとは対照的に、オランダ国民の態度のおかげで多数のユダヤ人が潜伏することができたーその数は二万五千におよぶが、これはこのような小さな国としては非常に大きな数である。ただし非常に多数の潜伏していたユダヤ人が、すくなくともその半数が後に発見されているが、これはあきらかに職業的または偶然の密告者のせいである。

1944年7月には十一万五千人のユダヤ人が移送されていた。その大部分はブグ河に臨むポーランドのルブリン地区にある、健康な労働者の選別がおこなわれていた収容所ソビボールに送られていたのである。
オランダに住む全ユダヤ人の四分の三が殺されたが、このうち三分の二はオランダ生れのオランダ籍ユダヤ人だった。
最後の輸送は連合軍の斥候隊がオランダ国境に達した1944年秋に出発した。潜伏して生き伸びた一万のユダヤ人の75%が外国系だったーこのパーセンティジはオランダ系ユダヤ人が現実を直視することを好まなかったことを証明している。」







(つづく)