大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

大道芸、昔の広告、昔のテレビ番組、中井久夫、フーコー

青い山脈 (了)

イメージ 1

・・・・

青い山脈」にかこつけて


戦争は、絶対的な悪である。
無数の死、そして残された人の心の痛みや傷・・・・
いいことはない。
戦争は、始まってからでははずみがついて、引き返すことはむずかしい。
(このブログの書庫「7月7日」、「12月8日」)
そこで、戦争にむかう芽が出たら、
早い時期に、除くことが重要となる。

ここでは、
「戦争責任」とか「罪」を問うのではなく、
「なぜ、当時の日本の知識人や文化人は、
戦争に対して抵抗できなかったのか、
なぜ、戦争協力体制に組み込まれてしまったのか」を
整理することで、
戦争を二度と起こさないための指標の一つとしたい。
(以下、いろいろな方の著作を参考にまとめた)


 峩軌蘢叱譟廚砲茲辰篤仔僧琉茲愿傾沈国家を構築することによって、
天皇は理性を超越した絶対性をもっていた。

その結果、天皇制は、宗教的な「信仰」じみていた。
祖国を守ることは天皇を守ること。


∋拉杁々宗文⇔蓮砲箸靴討旅餡箸閥ζ餌里箸靴討旅餡箸
分かれていなかった。

祖国「日本」が、
天皇・権力・国民(大衆・民族)、
そして、故郷の山河、家族、母のイメージまでを
ひとまとめにした分かちがたい概念であった。
だから、国家の「非常時」は、共同体国家の危機になり、
祖国を守ることは、国家への忠誠につながる。
天皇の支配機構」とは別個の「祖国」の観念は存在していなかった。
ひとまとめにした「日本」を超える
生活や心情のなかにまで浸透していた価値概念、真理がなかった。
つまり、国家を批判する「理想」や基準をもたなかった。
忠誠対象としての国家には、権力機構としての面と同時に、
歴史的な文化や生活様式の実体的な面もあるため、
国家を科学的、分析的にとらえることはできなかった。
国家をつくられたものとしてではなしに、
あらかじめあった「自然」として受けとる思想及び心的傾向があった。


B臀亜庶民からの孤立を恐れ、連帯を重視した。

大衆からの孤立をおそれ、積極的に戦争を支持し、遂行に協力し、
国民として運命を共にしようとする連帯感をもち、
庶民意識に同化しようとした。
愛国的心情によって、庶民・国家との一体感をもった。


て錝羸鐐莪聞澆慮析世亮由の弾圧の強化と
国家権力の強制という背景があった。

戦争そのものとファシズム権力に対して反発は感じても、
戦意高揚に役立つか役立たないかという情報局の基準による、、
新聞・雑誌、出版ジャーナリズム、ラジオへの検閲、監視によって、
反対の意志を表明することは不可能で、その余地がなかった。
しかし、抵抗の意志による市民社会からの脱落によって、
沈黙の余地は最後まであった。
傍観(戦争に進んで協力しない)以外に戦争反対の意志表示の方法がなかった。
戦争協力を具体的に示すことのないものは、軍部からにらまれた。


ヂ席人痢並臈谿 棒鐐茲冒瓦反対ではなかった。

太平洋(大東亜)戦争の開始は、
後進国意識としてのナショナリズム
世界の列強に対する「負けるな、追い越せ」という考え方を背景に
欧米へのコンプレックスや
中国に対する侮蔑感や膨張主義
侵略性をもった日中戦争のうしろめたさを吹き飛ばすもので、
心理的に解放した。
戦争そのものが、
日中戦争の「侵略的性格をおおいかくす」ものとしてはじまった。
全面的に支持、賛成し、開戦に対して礼賛、狂喜した。
また、日中戦争についても、
中国及び中国に対する侮蔑意識、優越感があったため、
傍観的な態度をとった。
敵を撃つ軍兵と日の丸に、
聖なる使命をもって行動するイメージを重ねる美意識があった。
太平洋戦争は、
西欧と日本の相克、西欧の帝国主義からのアジアの解放と考えた。
開戦により抵抗意識がなくなり、協力、戦争肯定、聖戦意識へ向った。

http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611/folder/1526364.html


Υ硺事実に対して屈服した。

ある現実が形成されたことを、その現実を是認する根拠にすることである。
「(軍部には反発は感じていても)
戦争が始まった以上は、祖国を守るために勝たなければならない・・・・・」
重大国策に関して、自己の意見や感情を、
「私情」として殺して、既成事実を追認し、周囲に従い(順応し)、
またそれをモラルとした。


Щ般心供∋愼骸坩媼韻ら、進んで戦争に協力した。

使命感、指導者意識、大衆に対する影響力を自覚し、
祖国日本の戦争に対して協力するのは「国民の義務」であり、
国家の危急に応じて己の能力を活用する責任があるという発想をもち、
「国家のための奉仕」と考え、喜んで進んでした。
新しい運命の前に恭順の意を示し、積極的に戦争遂行のための献身を誓い、
等しく愛国者となり、憂国の志士となった。





・・・・・・
加藤周一丸山真男竹内好吉本隆明藤田省三、木俣修・・・・・)