大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

大道芸、昔の広告、昔のテレビ番組、中井久夫、フーコー

「むかしMattoの町があった」 (37)

全国で自主上映
イタリア映画「むかしMattoの町があった」
監督:マルコ・トゥルコ 制作:クラウディア・モーリ
時間:第1部(96分) 第2部(102分)
http://180matto.jp/




フーコー語録 25 (『フーコー思考集成』(筑摩書房)から)



98 「善悪の彼岸」  1971年 座談会


フーコー
「確かにわれわれは、精神病院への干渉を開始しました。そこでの手段は、監獄に対して為されるのとほぼ同様のもの、すなわち、いわゆるアンケート闘争で、これは少なくとも部分的には、アンケートの対象となる当事者らによって実行されます。精神病院の抑圧的な機能はご存知の通りです。人々はそこに閉じ込められ、されるがままに何らかの療法-化学療法ないし心理療法-、あるいは、およそ療法とは言えない処置を受けるでしょう。拘束衣というあれです。ところが精神医学は、さらに細分化を推し進めています。そうした枝分かれは、ソーシャルワーカーや職業進路指導員、児童心理学者などに、また、診療地区の精神医学を行う医師らに見られますが、こうした日常生活の精神医学全般が、抑圧や警察の第三の領域を構成しているのです。自分の意見を撒き散らすジャーナリスト、精神科医の力を借りるまでもなく、こうした侵攻の手はわれわれの社会に広がっています。・・・・・


フーコー
われわれは一緒に考えてみたいのです。・・・・・・・精神医学と正常人という名の下に、つまり結局のところ、ヒューマニズムの名の下に、どのようにして彼らは仕分けられ、囲い込まれ、ふるいにかけられ、排除されてきたのかということを。


(ジャン・フランソワ)
「反精神医学はどうでしょう。つまり、精神病院の内部で、精神科医と共に問題に取り組もうとは思いませんか」

フーコー
精神病院の出入が自由ではない以上、それは精神科医にしか果たせしえぬ勤めでしょう。とはいえ、注意すべき点が一つあります。反精神医学の動きは、精神病院という概念に異を唱えるものですが、精神医学を〔病院の〕外に持ち出して、日常生活における諸々の干渉を増殖させるべきでないということです。」


フレデリック
「・・・・・・精神病院の場合、闘争を引き受けるのは、犠牲者でなく精神科医、つまり抑圧する側が、抑圧に対して闘うのです。それは本当に好ましいことなのでしょうか。」

フーコー
「どうでしょう。囚人らの暴動とは違って、病人による精神病院の拒否が、集団的・政治的な拒否として確認されるのは、おそらく、かなり難しいでしょう。問題は、精神病院に隔離された患者たちが制度に対抗して起ち上がることができるのか、そして最終的に自分たちを精神病者として指し示し、排除してきたその分割そのものを告発することができるのかどうか、それを知ることなのです。イタリアでこれに類する試みをしたのが精神科医のバザーリア(注:映画「むかしMattoの町があった」の主人公)です。彼は患者、医師、病院のスタッフを結集しました。そこで意図されていたのは、ソシオドラマ(集団的精神療法)をやり直して、各自が自分のファンタスム(注:特定の思い込み)を語り、原光景を再演することではなく、精神病院の犠牲者たちが、自分たちを狂人として告発する社会構造に対して、政治闘争の口火を切りうるか否か、という問いを提起することでした。こうしたバザーリアの試みは、一も二もなく禁じられました。」


フレデリック
「正常と病理との区別は、有罪と無罪とのそれよりもはるかに強固です。」

フーコー
「それぞれが他方を補強しているのです。ある判断がもはや善悪という言葉で言い表し得ない場合、それは正常と異常という言葉で表現されます。また、後者の区別を正当化する場合、それが個人にとって善いものか害をなすものかという考察に立ち戻るべきでしょう。それこそまさに、西洋的意識を構成する二元論の表れと言えます。・・・・・・・・・・」






(つづく)