大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

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ハンナ・アーレント語録 (8)

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映画「ハンナ・アーレント」の主人公
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/keyword.html




イェルサレムアイヒマン』(みすず書房)から




「このような残虐行為が連合国側の無条件降伏の要求と何らかの形で関係していることにも彼ら(*反ヒットラー運動の指導者)は全然思い及ばなかった。彼らはこの要求を、盲目的な憎悪に促された<ナショナリスティク>で<不条理な>なものと批判する権利があると思った。ドイツの敗北がほとんど決定的なものになった1943年においても、いや実はそれよりも後でも、彼らはまだ<公正な>平和のために敵と<対等に>交渉する権利があると信じていたのだーヒットラーがはじめたのはどれほど不公正な、まったく挑発されたものではない戦争であるかを知りすぎるほど知っていながら。・・・・・・・

われわれはまた彼ら(*反ヒットラー運動の指導者)の準備した声明から、彼らが自分らの立場をどのように国民に説明するつもりだったかも知っている。・・・・・
このなかで・・ヒットラー政権の「頑冥さ」、「無能さと節度のなさ」、その「傲岸さと自惚」について長々と語っている。しかし肝要の点、この政権の「最も破廉恥な行為」は、ナツィが来るべき敗戦の惨禍の「責任を軍の指導部に」なすりつけようとしていることだった。これにつけくわえてベック(*軍部内の反ヒットラー運動の指導者)は、「ドイツ国民の名誉にとって汚点となり、ドイツ国民が世界で得た声望を傷つける」ような犯罪がおこなわれたと言っている。ではヒットラーがかたづけられたら次にどんな手が打たれるか?「名誉ある戦争終結が保証されるまで」ドイツ軍はたたかいつづけるだろうというのだ。

実際、ドイツの作家フリードリッヒ・P・レック=マレッツェーヴェンがこの連中に下した辛辣な批評にはあらゆる点で賛同せざるを得ない。この作家はドイツ崩壊の直前に強制収容所で死に、反ヒットラー陰謀には参加しなかった。ほとんどまったく知られていないその『絶望者の日記』のなかでレック=マレッツェーヴェンは、ヒットラー暗殺の試みの失敗(勿論彼はこれを残念に思った)の後で書いている。
『少少遅すぎましたな、皆さん、ドイツの破壊のこの元凶を仕立て上げ、すべてがうまく行っているように見えるかぎりは奴の後を追っていた皆さん、・・・・・求められればどんな誓でもし、数十万の人間を殺すという罪を犯し、全世界の悲歌と呪詛を一身にあつめているこの犯罪者に卑劣にも追従していた皆さん、今度は皆さんは奴を裏切ったのですな・・・・。もはや破局を人々の目からかくすことのできない今になって、この連中は自分自身の政治的アリバイを作るために崩れかかった家を見捨てるのだー自分らの権力追求を阻むすべてのものを裏切って来たその同じ連中が。』 」


「数々の証拠からして、良心と言えるような良心は一見したところドイツから消滅したと結論するほかない。しかもそのため、国民が良心というものの存在を忘れ、外の世界が驚くべき<ドイツの価値体系>に賛同しないでいるということがわからなくなってしまったほどなのだ。勿論これが真実のすべてなのではない。なぜなら、ナツィ体制の始まったばかりの頃から何らの動揺もなくヒットラーに反対して来た人々がドイツにいたからだ。彼らの数がどれほどだったかは何びとも知らないー多分十万、あるいははるかにそれ以上かそれ以下だったろうー彼らの声は決して人に聞かれなかったからである。が、彼らはいたるところに、あらゆる社会階層のなかに見出された。庶民のなかにも教養階級のなかにも、すべての政党のなかに、おそらくNSDAP(*国家社会主義ドイツ労働者党・ナチ党)の党員のあいだすらにも。前にあげたレック=マレッツェーヴェン、あるいは哲学者カール・ヤスパースのように広く名を知られているものはごくわずかである。彼らのうち或る者は真の深い信仰を持っていた。たとえば・・・・・・」






(つづく)