大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

大道芸、昔の広告、昔のテレビ番組、中井久夫、フーコー

ハンナ・アーレント語録2-(5)

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全体主義の起原3全体主義』(新装版・みすず書房





「 一般に全体主義運動の性質を、特殊にはその指導者の名声の特質を最も特徴的に示しているのは、それらの運動や指導者が驚くほどすぐに忘れられ、驚くほど容易に他のものに取って替られ得ることである。
スターリンは長年にわたる激烈な党内闘争を闘いぬき、少なくとも彼の前任者の名前に対しては最大の譲歩をしつつ、ようやくレーニンの後継者としての地位をかち得たのだが、これを彼の後継者たちは前任者の名前に一片の敬意も示さずにやってのけようとしている。
しかもスターリンは、レーニンの時代にはまだ知られていなかったプロパガンダ装置を駆使し、三十年もの歳月を費して己が名を不滅にしようと計ったにもかかわらずである。
同じことはヒットラーについても言える。彼の生存中は彼の魅力に捕われない者は一人としてなかったと言われながら、敗北と死の後には彼は完全に忘れられて、戦後ドイツのネオ=ファシストやネオ=ナツィのグループにおいてさえ何らの役割も演じていない。
このような永続性のなさは、諺にあるとおりの大衆の移り気や大衆的名声の儚さといくばくかの関係があることは確かだが、それ以上に、運動を持続し周囲のものすべてを運動にとり込むことによってのみ自己を維持し得る全体主義運動というものの持つ病的な運動欲求と深く関わりがある。
それ故に或る意味ではこの儚さこそ、運動につき従った臣下たちが全体主義特有の病菌に侵された証拠であって、この点でも死んだ指導者は立派な成功を収めたという評価に値することになるーなぜなら、もし全体主義的な性格とかメンタリティーというものがあるとすれば、この融通無碍な転向の能力と連続性の欠如こそ疑いもなくその最たる特徴だからである。
従ってこの永続性のなさとか忘れ易さをもって、大衆が全体主義の妄想ーこれはヒットラー崇拝とかスターリン崇拝とかと同一視されているがーから回復した証拠とするのは誤りであって、むしろその逆だと言えるだろう。

 しかしこの儚さに目を奪われて、権力を握っている間の全体主義政権、まだ生きている間の全体主義の指導者が、プロパガンダによって人為的につくられたとは言えない本物の人気を享受していたことを忘れてしまうのは、もっと重大な誤りであろう。
全体的支配は大きな大衆運動がなければ、そしてテロルに威嚇された大衆の支持がなければ、不可能である。
ヒットラーの政権掌握は民主主義的な憲法のすべての規定に照らして合法的であり、彼は絶対多数に僅かしか欠けることのない最大の政党の指導者だった。
大衆の信頼なしにはヒットラースターリンも指導者として留まれなかっただろうーこれなしには彼らは幾多の内外の危機を乗切り、権力掌握後も続いた党内抗争を勝ち抜くことができなかった筈だという理由からだけでもそう言える。・・・・・

この両者が享受していた争う余地のない人気は最大の反証となっている。
そしてこの人気は、大衆の愚かさや無知を利用した巧妙な欺瞞的プロパガンダの産物では決してない。なぜなら、全体主義運動のプロパガンダーこれは全体的支配の成立以前から使われ、全体的支配期の或る時点まで続くのだがーは確かに嘘だらけにはちがいないが、決して秘密めかしてはいないからである。
全体主義の指導者は、自分の過去の犯罪を比類のない率直さで自慢し将来の犯罪を比類のない正確さで「予告」することで、出世のスタートを切るのが普通である。
彼らは「暴力行為を讃嘆するような口調で語ること、それは下劣ではあるが利口なやり方だ」というモッブの本性に対する昔の認識が今なお妥当だと信じ、これを幾度も実地に試してみた。ナツィが権力掌握前から公然とポテンパの殺人(*ナツィ突撃隊員がポテンパ村の共産党員を殺害した事件)を誇ったことにしろ、あるいはボルシェヴィキーが道徳的規範を小市民的だとどこででも誹謗できたことにしろそうである。
現代の大衆がこの点ではあらゆる時代のモッブと同じ反応を示すことを、このデマゴーグたちはよく知っていたのである。」







(つづく)


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