大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

大道芸、昔の広告、昔のテレビ番組、中井久夫、フーコー

ハンナ・アーレント語録2-(22)

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全体主義の起原3全体主義』(新装版・みすず書房





「人間の人格のこのような特性に打克つ方法はさまざまあるが、それらを実際に列挙する煩は避けよう。
 まず最初は収容所への輸送の際の恐るべき状況である。一輌の家畜用貨車に数百人の赤裸の人間が文字どおりぴったりとくっつきあって押しこまれ、何日もあちらこちらへ引きまわされる。
 つづいて収容所への引渡し、最初の数時間のあいだにうまくお膳立てをととのえて次々に味わわされるショック、頭を丸坊主にされ、奇怪な服を着せられる。そして最後はまったく想像もつかないような、精密に計算された拷問。これらの拷問は人間の肉体が簡単に屈してしまうようなものであってはならないのだ。いずれにしてもこれらの方法は、人間の肉体を手を替え品を替えて痛めつくして、あげくのはて人間の人格はその肉体によって或る種の器質的精神疾患の場合とまったく同様に徹底的に破壊されてしまうという結果をもたらすのである。

 まさにこの準備段階において、事柄全体の無意味で無目的な錯乱ぶりがあらわになるのだ。勿論拷問は全体主義体制の司法制度と警察制度のすべての段階において中枢的な役割を演じる。それは自白させるために日常用いられている手段なのである。この種の拷問は一定の合理的な目的を追うものだから、また一定の限界を持っている。囚人は一定の時間のうちに口を割るか、もしくは殴り殺されるのだ。
 ナツィ体制の作った最初のいくつかの強制収容所でもゲシュタポの拷問室でも、この合理的な理由でおこなわれる拷問とは別に、すでに非合理的でサディスティックな拷問もおこなわれていたが、大抵これにはSA(*突撃隊)が当たった。その特徴は、いかなる合理的目的も持たず、システマティックに組織されてもおらず、そのかわり個人の、しかも大抵はアブノーマルな分子の意志に全面的に倣(なら)っていたということ、この拷問による死亡率は非常にな高く、その結果1933年に逮捕されたもののうちごくわずかしかこの最初の数年間を生き伸び得なかったということ、そしてまたこの拷問は充分考え抜かれた政治的制度であるよりも、体制内のアブノーマルな犯罪分子への体制側の譲歩であるように見える(これらの分子は彼らのおこなった奉仕へのいわば報酬として、強制収容所およびゲシュタポの地下室というおもちゃをあてがわれたのだ)ということである。
 あのSA隊員の盲目的な野獣性のかげにはしばしば、すべての社会的・知的・もしくは肉体的に恵まれた人々への怨み(ルサンチマン)をこめた憎悪がはっきりと感じ取られる。実現不可能な夢と信じられていた願望が実現して、そのような恵まれた人々が今彼らの手中にあったのだ。このルサンチマンは後にも強制収容所のなかで幾度か見受けられることになるが、私たちにはこれが人間的に理解し得る態度の最後の遺物の様ように思えるのは興味があることである。

 けれども収容所の真の恐るべきところはほかでもなく次のような事実にある。
 すなわち、ドイツの収容所におけるこのような自然発生的な野獣性は、SS(*親衛隊)が収容所の運営に当るようになってから次第々々に後退し、それに代って人間の尊厳を破壊するために人間の肉体をきわめて冷徹に、まったく計画的かつシステマティックに破壊する方法が取られたということである。この方法で完全に肉体を制圧すれば、相手を死なないようにさせ、もしくは死をずっと先へ延ばすことができた。こうなればもはや収容所は人間の姿をした獣の、つまり本来なら精神薄弱者のホームなり癲狂院なりに入るべき人間たちの運動場や娯楽場ではなかった。反対にそれは、完全に正常な人間が押しも押されぬSS隊員に鍛え上げられる錬成の場となったのである。・・・・」







(つづく)