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ナチ時代の精神医学(6)

ナチ時代の精神医学ー回想と責任

ドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)の
2010年11月26日 ベルリンにおける追悼式典での談話
DGPPN会長 フランク・シュナイダー
訳:岩井一正
(日本精神神経学雑誌2011 第113号第8号より) *一部略





「 戦後は、ドイツの多くの他領域でも起こった現象が見られました。抑圧です。精神科専門学会でも精神科医たちもーわずかな例外を除いてー、起こったことを自らに認めようとしませんでした。このことをわれわれは恥入り、暗澹たる気分になります。

 今日までよくわからないのは、前に名前を挙げたヴェルナー・ハイデ教授の歴史です。彼は「T4」活動の医学的指導者でした。戦後彼は拘留命令によって捜索されました。にも拘わらず、彼はフリッツ・サヴァーデ医学博士の名で1950年から1959年までシュレースヴィッヒ=ホルシュタイン州で司法鑑定人として第2の経歴を築いてきました。彼はその正体の情報を得た医者や法律家にかくまわれました。しかしその二重アイデンティティを同じように知ることになったその他の大勢の人々は、何も行動しなかったのです。このことは、われわれの科の内部でも外部でも知られたことでした。
 このことと同時に、早期の解明の試みは阻害され、困難になりました。アレキサンダー・ミッチャリッヒとフレド・ミルイケが1947年に『人間侮蔑の独裁』という記録をニュルンベルク医師法廷に公開した時、多くの医師は、職業身分の体面を気にかけて、異議を唱えました。1949年の2番目の記録『人間らしさを失った医学』については、死の沈黙で迎えられました。

 リューベック大学神経科病院の前の主任であったゲルハルト・シュミット教授は、1945年の11月20日にすでにラジオで、精神科患者と精神遅滞者に対する犯罪の講演を行っていますーしかしこれに関する彼の本の原稿は、幾度も試みたにもかかわらず、20年の長きにわたって、出版社を見つけることができませんでした。私は何年も前にこの本を読んで、非常に衝撃をうけました。しかし戦後ドイツの精神科医たちは、犯罪の詳細が公表されることで、ドイツ精神科医全体の再興とー当時まだ保たれていたー名声に傷がつくことを恐れたのでした。誤った見解、致命的な見方です。自らの責任を認識するはずの学問的な共同体性の破綻です。

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(中略)


 そして政治はどうだったでしょうか?1956年に連邦法は国家社会主義の迫害の犠牲者に対する損害賠償を遡及的に決議しました。1965年、これは最終的なBEG(連邦補償法)にまで拡大されました。したがって、人種的、宗教的、ないし政治的な理由で迫害された犠牲者はすべて、1969年まで損害賠償要求を申請することができたのです。しかし強制断種者と安楽死犠牲者の家族はそれができませんでした。人種的な理由で迫害されたのではなかったからです。このことも、犠牲者の後々までの侮辱にあたりましたが、われわれは沈黙していました。

 1960年代の補償のための連邦委員会の聴聞会の鑑定人の一部は、国家社会主義で強制断種を正当とみなし、殺害計画に関与した、当の精神科医でした。1961年4月13日、ヴェルナー・ヴィリインガーは、議事録によれば、賠償金の支払いを以下のような皮肉な理由づけで退けました。
「強制断種の賠償を実行すると、神経症的な訴えや悩みがでてこないか、という疑問がある。それによって、その人間のこれまでの健康と幸福能力だけでなく、その作業能力も損なわれるおそれがある」


 1974年になって、遺伝健康法がようやく失効しました。しかし形式的には継続しました。1988年には、ドイツ連邦議会は、遺伝健康法をもとに企てられた強制断種は国家社会主義的な不正であったと確認しました。10年後に連邦議会は、遺伝健康法廷の決定を法律によって廃止することを決めました。しかし、2007年になってはじめて、遺伝病の子孫を避ける法律がドイツの連邦議会から追放されたのです。基本法(*憲法に相当)との矛盾があり、それゆえに事実上は基本法の発効の時点ですでに効力は失われていたはずでした。DGPPN(学会)はこの法律の追放のための動議を当時支持したのでした。

 しかし、1965年の連邦損害賠償法はその後も存続しました。それゆえ強制断種され、また殺された精神障害者は、今日まで、ナチ政権の犠牲者として、人種的な理由からの被迫害者としてはっきりと認定されていません。この点に関しては、遅きに失せぬうちに政治が動かねばなりません。この不正も廃棄されてはじめて、犠牲者のこれまで続いた苦しみとその運命が、ドイツ国家の側からも適切にあがなわれたことになるでしょう。」







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(つづく)