大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

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中井久夫語録(戦争)14

中井久夫(1934年生)

戦争と平和 ある観察」(2005)

*『樹をみつめて』みすず書房(2006)
または『戦争と平和 ある観察』人文書院(2015)から




「 日中戦争および20世紀後半の主な戦争に共通の条件は何であろうか。

(1)それは非対称戦争である。その非対称性は、さまざまなところに現れる。

 まず、兵士の人的損害をどれだけ顧慮するか、である。朝鮮戦争において、建国一年後に参戦した中国軍は武器を携帯せずに突撃を行なったといわれる。米兵士は非武装の突撃者への射撃を一瞬躊躇するが、その間に一人の米兵に数人が飛びかかってしまう。イラン・イラク戦争においては、劣勢なイラン軍は無武装の少年を地雷原に突入させて、身を以て地雷原を啓開させた悲惨な作戦をとった。
 もっとも、欧米諸国間の対称戦争である第一次大戦においても、人命はしばしば名誉よりも高く評価されなかった。双方とも歩兵が銃剣を携えて中腰であるいは立ったままの密集陣で突撃を行い機関銃の餌食となった。この時期には名誉という概念が合理性に優先していたが、その点においても両軍は対称的である。しかし、第一次大戦のドイツ軍がベルギー市民兵を処刑したのは、この戦争の非対称的な面である。
 20世紀が進むに従って、まず欧米諸国兵士の人命尊重が徐々に向上し、兵士に鉄兜が支給され、戦闘機の座席は鋼鉄で装甲され、軍艦の砲は装甲された。しかし、将軍はしばしば人命損失を顧みなかった。
 第一次大戦にもその徴候があったが、第二次大戦では決定的に「総力戦」となり、市民を敵の生産力、潜在的兵力と数えるようになった。敵の生産力を破壊するための工場地帯攻撃は無差別都市攻撃に移った。中国の重慶、英国のコヴェントリー市、ドイツのドレスデン市、日本の東京である。さらに原子爆弾は個体の生涯と子孫にさえ影響を与えうる究極の無差別兵器となった(この過剰破壊性のゆえに冷戦下では相互恫喝から相互抑止の働きに比重が移っていった。広島、長崎の実例が核戦争の抑止に貢献したことは確かだがその程度は私にはわからない)。


(2)第二の区別は、戦闘の時間と休息の時間の区別の有無である。
 対称戦争では兵営、要塞、駐屯地居住あるいは行軍が日程の大部分を占める。非対称戦争では戦闘と非戦闘の区別が不明瞭となる。これが、通常軍隊に緊張が弛む暇を与えず、奔命に疲れさせる。
・・・・・・」






(つづく)