大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづるkemukemu

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「戦争とストレス」語録 2(番外編)

突然、番外編!



ベトナム戦争神経症』(1978年、フィグレー編)の第2章「戦闘ストレスの精神力動」P65に、次のような記載がある。


「外傷性戦争神経症
・・・・・
 カーディナー(1959)の記載した外傷性神経症は、破局的な夢、過敏(大きな音に敏感になっている等)、攻撃性があり、時には暴力行為におよぶこともある。しかし、またその人間はある時は、極端に優しかったり、しゅんとしたりするということが特徴である。それに加えて健忘や記憶障害、心身症も起こる。

(中略)

 多くの学者(ヴァンパッテンおよびエモン,1973、ソロモン,1971)は、この分類に入れられる患者はよく誤診されていると指摘した。すなわち、自我機能の萎縮は、しばしば分裂病性荒廃に似ているし、また世界は敵の横行する場所だというような恐怖症は、しばしば精神病的な迫害妄想と誤ってとられてしまう。しばしば彼らは、ほとんど幻覚にも似た強迫的な記憶に苦しむ。それはたとえば東洋人の顔とか低空飛行の飛行機とかその他の、戦争と関連した事柄の記憶である。シャータン(1973)は、この夢のような体験を「フラッシュバック」とよんでいる。
 これらの症状群をこのように理解することは、外傷体験を言語的に再体験するという治療と関係するゆえにフェノチアジン系などの薬物療法よりも治療的意味で大事である。」



 ところで、下のように数年前から精神科医の世界では理解が浸透しながらも、実は、特に一般の精神科医(主に中学生以上を対象とする精神科医)が当事者や家族、福祉関係者、社会などにタブーにしていることがらがある。
 それは、知的な遅れを伴わない「アスペルガー症候群」等発達障害自閉症スペクトラム)の二次症状(障害)が「統合失調症」と診断・治療されてきた事実や可能性である。
 二次症状(障害)のきっかっけは、おそらく、その特性が周囲から理解されず、「異端の排除」という日本の風土の中で、対象となりやすい「いじめ」や「激しい暴力・叱責」などだろう。それらが強い心的外傷となり、うつ、不安、ひこもり、妄想や幻覚のような症状、強迫的な被害感、記憶の想起としてのフラッシュバック、パニック、攻撃性・かんしゃく・・・などいろいろな精神症状をひきおこすといわれている。
 例えば、上の『ベトナム戦争神経症』の文章の「戦争」という言葉を「いじめ等」に置き換えれば、わかりやすいかもしれない。
 
 このことを依然としてタブーにしている一般の精神科医にも、
\里(大人の)発達障害の概念がなかった△い泙気蘓巴任慮直しはできない、見直しすることが怖い=自分の診断能力を疑うことになるからJ拔してこなかった、よくわからない、自信がない、いまさらこの歳になって勉強したくないた巴琶儿垢聾躾任箸澆覆気譴覿欧譴あり、自らの精神科医生命を揺るがすことになるダ人の発達障害の確定診断には心理テスト等の手間と時間、人材が必要で、採算面で心配→できたら避けたいλ棆擦箸靴討蓮⊃甘?燭蠅あればどこかの専門医に転院してほしい
などの、言い分や事情があるのかもしれない。

 しかし、本来、診断名が変われば、理解と対応・支援方法や治療法も変わってくるはずである。現に、気づかれないまま、統合失調症の診たてのもとでの薬物療法により、混乱を招き、しわよせが来ているのは患者や家族のほうである。
一般の精神科医には、もっと、「発達」(子どもから大人まで、一人の人の生きた歴史としてみる)や「心的外傷」の視点(心理的な影響を与えている原因を重視する)を持ってほしいものだ。現在の「症状」だけを細分化し、それごとに病名をつけるのでは、おそらく、人の全体は見えてこないだろうと思う。症状には、何らかの意味や原因や背景があるものが多い。

 一方、現在、発達障害などにくわしい児童精神科医は、一般に小学生(場合によって中学生)までを対象としている。それ以上のいわゆる「大人の発達障害」の人を対象とし、その診断や治療などの経験を積んだ専門医が少ないのが現状で、そのため受け皿の空白ができ、多くの人が行き場に迷っているようである。そして、児童精神科医と一般の精神科医の連携も、不十分ともいわれている。

 現在の精神医療は、「発達」や「心的外傷(トラウマ)」の視点なくして、適切な診断は、成り立たないと思われるのだが・・・・。


 しかし、発達障害の社会への理解の浸透とともに、社会で少し変わっている、空気が読めない、ユニークな特性をもつ人を「発達障害」などとレッテルを貼る風潮も、問題がないとはいえない。それじたいが「いじめ」につながり、心的外傷を与えるものにもなる。
 さらに、ADHDに対する薬として、それまで18歳未満が保険適応だったコンサータストラテラが、数年前から18歳以上の人にも保険適応対象となり(解禁され)、そのせいか急に「大人のADHD」のキャンペーン(?)も増え、本屋に行くと「発達障害」バブルという印象がある。


*なお、多くの専門家によれば、統合失調症発達障害の併存・合併はまったくないとはいえないが、あってもごくまれという。



≪以下は、素人のkemukmuの調査結果‐2015年≫

★これまで、一部の「アスペルガー症候群」等発達障害自閉症スペクトラム)のストレス・トラウマ関連の二次症状(障害)が「統合失調症」と診断された事実や可能性(されやすい)を指摘している主な精神科医等 
  
*~は、出典資料・文献(「 」)・書籍(『 』)       
           
<小児科医・発達障害専門>

●平岩幹男(東京大学非常勤講師)
「残念なことに高機能自閉症の診断が適切にされずに、その他の疾患、たとえば解離性障害統合失調症などと診断されて、多くの薬を飲んでいるけれども改善しないという場面に遭遇することもあります。・・・・」~『自閉症スペクトラム障害』(2012)


<児童精神科医

杉山登志郎浜松医科大学特任教授)
「成人を中心に臨床をおこなってこられた精神科医もこの問題に気づきはじめている。統合失調症と診断されてきた青年のなかに凸凹レベルまで含めた自閉症スペクトラム障害が少なからず混入していることは疑いがない。
 この問題に加え、抗精神病薬の大量投与という問題が絡み、今日大きな論議になっている。ピンポイントで薬が効かないので、薬物療法で十分な成果が出ない。すると多剤が用いられ、さらに薬の量が増えて、病態がごちゃごちゃになってしまう。
 こういった成人の治療への見直しをおこなっている精神科医に聞くと、発達障害の併存症の見逃しは、非定型的な統合失調症と診断されている患者に少なくなく、統合失調症診断を受けている患者の三割とも、五割とも、七割(!)ともいえる可能性があるという。」
~『そだちの臨床」(2009)、『発達障害のいま』(2011)、『発達障害薬物療法』(2015)ほか多数

●清水 誠(横浜カメリアクリニック非常勤)
~「児童精神科医からみた精神科処方」、「発達障害概念が精神科医療に及ぼす影響」(2011)

内山登紀夫福島大学教授、よこはま発達クリニック院長)
~「成人期に高機能自閉症スペクトラム障害と診断された自験例10例の検討」(2014)、「発達障害の鑑別診断-併存障害の捉え方と留意点」(精神科医療Topic no.20)

●岡田 俊(名古屋大学准教授)
~「統合失調症の鑑別診断―発達障害との鑑別をめぐって」(精神科医療Topic no.17)、「青年期の広汎性発達障害における併存障害とその介入」(2010 第106回 日本精神神経学会学術総会講演)

●山崎晃資(日本自閉症協会会長)
~「高機能広汎性発達障害の人々への精神科医療の対応」(2007)、「成人期のアスペルガー症候群の診断上の問題」(『精神医学』2008年7月号)

●根來秀樹 (奈良教育大学教授)
~「発達障害なのに、統合失調症と誤診されているケースがある」(雑誌「精神看護」2014年3月号)

●本田秀夫(信州大学医学部附属子どものこころ診療部長)
~「成人の発達障害―類型概念、鑑別診断および対応」(2013 第109回日本精神神経学会学術総会 教育講演)

●十一元三(京都大学教授)
~「広汎性発達障害と2次障害」(2010 発達障害支援従事者養成研修会での講演)

●安藤久美子ほか(国立精神神経医療研究センター)
~「統合失調症様症状を示す自閉症スペクトラムの成人例」(『精神科治療学』2012年5月号)

●吉川領一(長野赤十字病院精神科、現在は飯山赤十字病院
院長)
~「統合失調症と診断されたアスペルガー症候群の6症例」
(『臨床精神医学』2005年34巻)

●丸山洋子ほか(浜松医科大学特任助教
~「自閉スペクトラム症とトラウマ」
(『臨床精神医学』2015年1月号)


<一般精神科医

●中安信夫(日本精神病理学会理事長)
~「アスペルガー症候群統合失調症周辺群」特集にあたって(『精神科治療学』(2008年2月号)

●青木省三(岡山・川崎医科大学教授)
~「成人期の自閉症スペクトラム(第14章)」(『精神科治療の進め方』2014)

●広沢正孝(順天堂大学教授)
「成人の精神医療現場では、長年にわたり統合失調症の診断の元に、本人も家族も暗黙のうちに統合失調症患者としての人生や家族生活を送ってきた高機能PDD(広汎性発達障害)者に出会うこともある。さらに精神科外来や病棟には、「とりあえず統合失調症を疑う患者」、「統合失調症と言われてきた患者」が存在し、その中にも高機能PDD者として見直したほうがよいと思われる症例が想像以上に含まれている。このような患者に対して、われわれは可能な限り適切な診断と、何よりも適切な対応を行うことが喫緊の課題といえよう。」
~『こころの構造からみた精神病理』(2013)

●斎藤 環(筑波大学教授)
「2000年代以降急速に認知が広がった・・・発達障碍との混同ぶり・・・。精神症状は顕著でないが疎通感に乏しく、社会参加にも問題を抱えがちな一群(*発達障碍)を、われわれは例えば「単純型分裂病」や「分裂病人格障害」などと、診断してきた。「精神病理学」もまた、長く「自閉症」を定位できないままだった。」
~『現代思想』2015年5月号、「ひきこもり心理状態への理解と対応」(2011 内閣府発行「ひきこもり支援者読本」)ほか

●鈴木國文(名古屋大学教授)
アスペルガー障害を含む広汎性発達障害という概念は統合失調症の臨床的理解に大きな影響を与えた。この概念が浸透する以前に統合失調症と診断された症例の一部に現在ならアスペルガー障害と診断されるべき症例が含まれていることは間違いない。・・・・」
~『精神病理学から何が見えるか』(2014年)、「統合失調症の素因、前駆期、発症―広汎性発達障害との比較」(『精神科治療学』(2008.2)

中井久夫神戸大学名誉教授)
「大人のむずかしい例には、当然ありうる。アスペルガー障害は、・・・・・実際にはかなり(*統合失調症と)誤診されて精神病院を出たり入ったりしている場合があるんじゃないかと思います。」~2002年の講演「統合失調症の経過と看護」(『徴候・記憶・外傷』所収 2004)

神田橋條治
~2008年講演「誤診と誤治療」(『精神科講義』所収 2012)、2008年講演「難治症例に潜む発達障碍」(『臨床精神医学』2009年3月号)

●市橋秀雄(市橋クリニック院長、元福島大学教授、2014日本外来臨床精神医学会会長)
~「統合失調症をなぜ誤診するのか」(『こころの科学』2012年7月)

●柏 淳(ハートクリニック横浜 院長)
~「一般精神科クリニックにおける発達障害の診療」(『精神科治療学』2014年10月号)


<内科医・精神薬理学

●長嶺敬彦(精神科病院の内科部長を経て、いしい記念病院)
統合失調症強迫性障害と誤診されている発達障害者の大多数が成人なのだ。彼らは、不必要な向精神薬抗精神病薬やSSRIなど)を長年にわたって処方され、本来の発達上の問題に薬の副作用が加わり、複雑な病像を呈している。しかし、あきらめるのはまだ早い。症状の寄せ集めでなく全体像を見て判断すれば、発達障害統合失調症は意外と簡単に区別できる。」
~『精神科セカンドオピニオン2』(2010)





(「戦争とストレス」語録はつづく)